私が高2の夏、中3の弟が急逝しました。当時大学1年だった姉は、卓球の試合で留守、私は夏休みアメリカにホームステイさせてもらっている最中でした。羽田に迎えに来てくれたのが叔父で、何か変とは思いましたが、家中でいちばん丈夫だった弟が突然死したことは、信じられませんでした。家の中の空気が一変し、「何をしてでもいいから生きていてくれ」という父の悲痛な声は、いまだに忘れられません。
その後、生きることに絶望したことが何度もありましたが、自分がやりたいこと、もしもお店を持つことができたら、そのときには「清薫洞」という名前にしたいと、17歳のときの日記に記しました。「清薫光道善童子」というのが弟の戒名で、そこから浮かんだ名前でした。そんなわけで、イマドキなんでまた、骨董屋かなんだか分からないような名前を?とお思いかと思いますが、原点はそこにあります。
そして、そう、骨董屋にもなりたかった私です。それはさておき、私の夢はほんの一歩、足を前に出そうとしています。「清薫洞」は私とあなた様と、そしてここを通じていままで知らなかった方々との、交流ができる場にしたいと思っています。。

■清薫洞(せいくんどう)と、奥村土牛(おくむらとぎゅう)氏と私
奥村土牛氏(1889〜1990)は、近代日本画を代表されるお一人で、文化勲章も授与されておいでです。また、101歳と、たいへんご長命でした。
ご縁あって私がお目にかかりましたとき、氏は90歳。当時26歳と若輩の私でしたが、静謐さの中に芯あるお強さを感じました。
 「清薫洞」を揮毫していただき、出来上がったものを数点見せてくださいました。奥様が、遠慮がちに「「薫」の字が難しそうで、なんども何度も書いておりましたよ」とそっとおっしゃってくださったときは、身が縮む思いでした。
「落款はどれにしましょうかね」と先生。いろいろ見せて下さった中、「これは魯山人の作で・・・」と話されましたので、「私、魯山人、好きです」と言いましたら、「では、これにしましょう」と目の前で押してくださいました。
一生、宝物にする!と、決め、嬉しくて抱きかかえながら帰りました。揮毫をお願いしたときは正直言って身分不相応だと自分でも思いましたが、30年近くたった今も、それこそ毎日見ていても飽きず、品格ある美しい本物・・・だとつくづく思います。


商号 株式会社 清薫洞
本店 千葉県千葉市美浜区高浜3丁目4番2号
設立年月日 平成19年1月17日
目的 1・菓子食品の企画、製造及び販売
2・歯の健康に関する著述及び講演
3・美術図書等の出版、発行及び販売
4・書画・骨董品等の展示、企画、製作及び販売
5・食料品の企画、仲介、製造及び販売
6・前各号に付帯関連する一切の業務 
電話 043−277−4182
FAX 043−277−9470